2019年の年末、世界がパンデミックに陥る少し前のタイミングで、カリフォルニアからSMOのオフィスを訪問された、SYPartnersのJarin Tabata氏。アップル、IBM、ナイキなど世界の名だたるトップ企業をサポートして来られたSYPartnersで現在もシニアアドバイザーを務めるJarin氏が、3年半ぶりにSMOを訪ねて下さいました。行き来が出来なかったこの3年間を振り返りながら、コロナ禍でも進めてきたパーパスの活性化プロジェクトや、アメリカと日本の両方を見た上でのアドバイスをお聞きしました。
(インタビュー SMO 齊藤三希子、ジャスティン・リー)
齊藤: 3年半ぶりにお会いできて嬉しいです。
Jarinさん: 前回日本に来たのは、2019年の12月、キース(・ヤマシタ氏)とSMOを訪問した時でしたが、ちょうどパンデミックが始まる直前の時期でした。私は現在、SY Partners(以下、SYP)のシニアアドバイザーとして籍を置きつつ、昨年の夏に自分の個人として仕事を始めたので、久々に日本でこうして人に会ったりして、なにか広げられるかを探っているところです。
齊藤: あらたにご自身でも始動されたということで、具体的にどのような分野やプロジェクトを進めていかれるのでしょうか?
Jarinさん: 前と同じくパーパスと変革に取り組んでいますが、パーパスの活性化、パーパス・ビジョン・戦略をブランドや体験につなげること、言語的・視覚的アイデンティティやストーリー、それらの実践にもっと取り組みたいです。独立したことで、より柔軟性が増し、より多様なクライアントと、多様な関わり方で仕事ができるようになりましたので。
齊藤: パンデミックを経験し、そこから抜け出した今、振り返ってどうでしたか?
Jarinさん: パンデミックは、変化への巨大な力になりました。皆、リモートワークやハイブリッドワークが出来るようになりました。しばらく動けもしない状況の時、「土着化」がキーワードにもなり、移動続きだったような人たちが、静かにしていないとならない、そんな中で、価値観が変わったと思います。内面では、家族や愛する人たちとの絆を深め、個人でも本を読んだり、考えたり、自答する時間が増えました。そうして人々はより深くパーパスを求めるようになったのだと思います。自分がしていることに意味を見いだし、まわりのことも考えるようになりました。
米国におけるハイブリッドワークの課題
ジャスティン: 日本を久々に訪れて、パンデミック前と比べてなにか違いは感じますか?
Jarinさん: 日本ではオフィス回帰が大きいと聞いています。今朝、電車に乗りましたが、コロナ以前とそう変わらないように思いました。
齊藤: 一部でオフィス回帰の流れがあるのはその通りですが、日本でも 働き方は以前よりハイブリッド化していると思います。アメリカでのハイブリッド状況については如何ですか?
Jarinさん: 一番難しいのは、新入社員にとっての文化醸成ですね。私自身はリモートワークが快適で最高だと思ったのですが、知人の会社では、「若い人たちがみんなオフィスに来たがって、オフィスがあるという理由だけでうちで働きたいと言ってくれる人が増えている」と。若い人は、自分が何かの一部であることを感じたいし、学びたいのに、自宅のPC画面でそれをするのは難しい。SMOも、このオフィス(CIC Tokyo)に集まれる場所があるというのは素晴らしいですね。
齊藤: どうやって働く場所のバランスをとるか、どうやって文化やコミュニティへの帰属意識を感じ、育むか・・・多くの企業がまだ抱えている問題ですね。
Jarinさん: 私自身も、SYPでキースの下で7年間、対面で働いてきたからこそ、多くの学びがありました。だれでも、仕事を通じて、見方や捉え方、考え方を学び、そこに目覚めるきっかけがたくさんありますからね。誰にでも同じことが言えるわけではないので、自分のバイアスを確認する必要がありますね。
「Beautiful Business」における経営環境の変化
齊藤: パンデミック直前の3年前に、JarinさんとKeithさんが「Beautiful Business」という話をされたのが印象的です。その考え方は、進化しましたか?
Jarinさん: 「Beautiful Business」とは、より考え抜かれ、より配慮され、そして人間的なビジネスという意味です。ステークホルダー資本主義は、私たちが行っていることやビジネス、そして私たちの生活が、他人や他のシステムにどのような影響を与えるかという、より大きな領域にまで踏み込んだ、パワフルな考え方だと思います。今現在は、階層的なアプローチではなく、分散化、ネットワークシステムへの移行という動きがありますね。
ジャスティン: 昔は株主至上主義で単一のステークホルダーだったのが、いまは、地球、顧客、コミュニティ、社会、次世代などあらゆる相手に関することになりました。このようなパラダイムシフトをどう管理したらよいのでしょうか?
Jarinさん: SYPで作成した、ステークホルダーをマッピングするマテリアリティ評価ツールがあります。一連の質問と測定基準を用いて、意思決定や行動の数々が、さまざまなステークホルダーへどう影響するかを把握するものです。システム、そしてネットワークは、非常に複雑で、ネットワークを完全にマッピングし、私たちの行動がそれらすべてに及ぼす影響を把握することは難しく、不可能にも思われますが、今後このようなツールはさらに高度なものとなって発展していくでしょう。たとえばAI。大規模な言語モデルと適切なプロンプトによって、さまざまなステークホルダーを巻き込むのに、より良いツールになります。個々人では、偏見や、視野が限られてしまいますが、それを超えて、外を見るのを助けてくれます。こうしたツールがどんどん成長していくでしょうね。
グローバルな視点で日本のパーパストレンドへの考察
ジャスティン: 複雑さに対処するには、明らかにアンカーやガイドが必要で、それがおそらくパーパスが為す役割かと思います。日本ではじつは現在、パーパスがバズワード化し、「パーパス祭り」とも呼ばれるような状況で、この2年間で、多くの企業が新しいパーパスを発表しています。このような状況はご存じでしたか?
Jarinさん: パーパスに関する書籍や雑誌の号数も多いので、パーパスが大きな意味を持ち、トレンドになっていることは理解しています。
齊藤: グローバルな視点で日本を見て、この動きをどのように思われますか?
Jarinさん: 日本のパーパス事情はアメリカよりは少し遅れながら、並行しているように思います。まずは、大きな善や、より大きな意味を「意識する」という最初のステップの段階であり、これは素晴らしいことだと思います。次に起こるのは、それを「どう活性化し、現実化するか」。ステートメントを策定することと、そしてそれを実現することはまた別のことです。従業員や顧客、社会に対して、どうすればそれを実現できるのか・・・こっちが難しく、予算や意志はもちろん、多くの創造性、そしてハードワークが必要です。パーパスを策定した以上、企業は活性化や実現に向けて、現実を作り上げなければならない。そこでこそ、パーパスの真の力が発揮されます。
齊藤: では、日本より数年先行しているアメリカで、活性化や実現に向けて動いている例を挙げるとすると?
Jarinさん: 昨年末にパタゴニアがとった行動、あの驚くべき手紙について、話題になりました。パタゴニアの創業者は、パーパスを実現し、世界でそれを実現するために、大きなレベルで全てを構成していますね。
齊藤: 日本のパーパスステートメントをざっと見て、アメリカや他の国と比べて、何か違いは見られますか?
Jarinさん: この「PURPOSE STATEMENT LIST 2023」から感じたのは、ステートメントの多くが、”社会を進歩させる”とか、”生活を便利にする”とか、かなり大雑把で漠然としたものであることです。それはそれで良いのですが、漠然としたものであればあるほど、活性化させるのが難しくなるんです。例えば、進歩や前進なら、誰のために、どのような指標で前進するのか?を実際に結びつけるためには、それに続く多くの戦略的な作業が必要なのです。
齊藤: ではそのように漠然としたパーパスがある企業に対して、パーパスの実現をどのように進めるべきか、アドバイスはありますか?
Jarinさん: ビジョンは、パーパスから生まれるものですが、ビジョンのほうで焦点を絞り、”これこそが目指すものであり、やろうとしていることなのだ”とわかるようにするのが良いと思います。
齊藤: 問題点としては、日本の多くの経営者が「皆がやっているから、パーパスを策定しないといけない」と思っているようで、そのあとの活性化や浸透についてはあまり考慮されていないような気がします。
Jarinさん: 企業にそれを推し進めるためのインセンティブやモチベーションといった力があるかどうかでしょうね。パタゴニアのように、企業がパーパスのために何かを始め、ストーリーを生み出すような変化を遂げていることに気づき始めれば、他の企業も、「この会社はこんなことをやっている」と、また新たな波が押し寄せてくると思うのですが、まだそこまでは来ていないようにも思います。
齊藤: パーパスを策定したあとの、パーパス活性化、そしてパーパスを軸に変革を起こすにあたって、日本ではまだまだこれからそのフェーズに入っていくように思われますが、すでに数年先を行っているアメリカで、課題や障害についてはいかがですか。
Jarinさん: ステートメントを作るところから、ストーリーを現実のものにする一連のアクション、さらに進化したディテールやブランドのグラフィック&言語、・・・難しい道のりです。これらのものがすべてつながるように、同じ理念を語っているものにしていくこと、それを考えると私はワクワクするのですが、リーダーシップの側面から見ると、それには思慮深い多くの意図、細部や人々への配慮が必要です。長い時間軸の中で、自社がどう社会に影響を与えるかを考えること、そしてそのためのシステム設計が課題となります。
齊藤: パーパスステートメントができたばかりの日本企業にアドバイスという意味でも、その活性化の役に立つツールや方法があれば教えてください。
Jarinさん: SYPでトランスフォーメーションマップというものを作りました。
これは、パーパスを、変化とは何か、世界で何を見たいのか、何に影響を与えたいのか、そして戦略的な柱は何か、というところまで理解するのにとても役立つフレームワークです。
絞り込みと定義付けは常に行う必要があると思います。「私たちのブランドは、私たちが説明しているこのようなシステムのように感じられるか」「もっと違う表現が必要なのか?」 「見た目も変える必要があるのか?」「私たちが伝えたいストーリーは何だろう?」「さまざまなステークホルダーは誰なのか?」 これらを問いかけていきます。
物事を定義しすぎるのも問題で、どこまで定義すれば理解してもらえるのか、そのバランスも重要です。(組織のパーパスには)ある程度フレキシブルさと余裕がないと、個々でがパーパスを自分ごと化ができません。そのバランスを取りながら、何が自分たち独自のもので、何が組織的な仕事なのかを判断していく必要がありますね。
パンデミック中の興味深いプロジェクトとの出会い
齊藤: 日本で実際に進行しているパーパスのプロジェクトがあるのでしょうか?
Jarinさん: パンデミックで色々できなかったこと、閉鎖してしまったものなどがあり、今回、日本での展開を再構築するための出張でもあります。日本には今、何かを成し遂げようとする新しいエネルギーがたくさん感じられます。
SYPでも日本企業に向けて、「Design for Purpose」、つまりパーパスを持った組織が、それを活性化するにあたり、ビジョンや戦略から、ブランド表現、体験、そして製品までをつなげて1つのジャーニーとして実現する手伝いをしています。大きなプロジェクトほど、その実現までのスピードが遅いのが課題です。
齊藤: そういう意味では、スタートアップに大きな可能性があるのでしょうか。
Jarin: 今後はよりスタートアップが成長すると思います。ハーバード・ビジネススクールでも、ビジネスプログラムの卒業生のうち、以前は70%が大企業に行きたがっていたのが、今は70%がスタートアップに行きたがっているそうで、面白い変化が起きているのだと思います。
齊藤: ここ数年、特にパンデミック期間で関わった、スタートアップや、インパクトのあるプロジェクトがあれば、教えてください。
Jarinさん: パンデミックの最中に関わった、AirBnbのプロジェクトはとても興味深いものでした。ホスティングとは何かを、観光でもなく、転勤でもなく、複数の場所を拠点にして住み、働くという視点で掘り下げました。それは、人々を思いやり、自分のスペースを開放し、人々がその地に慣れる支援をすることであり、抽出的な観光とは違って、土地に溶けこんでいくことや地域貢献を創り出す必要があるわけです。AirBnb がそれを実現しようとしているのは素晴らしいです。その土地で時間を過ごし、何かを学び、共有し、一緒に何かを作ったりして、その土地の一員となり、土地に貢献するところまでできるかもしれません。
もう一つは、AIと倫理にまつわるプロジェクトです。始めた当初はデータが話題の中心だった頃で、データにフォーカスして、データ倫理からスタートし、企業が参加できるコンソーシアム集団を作り、パートナー数社とSYPとの共同研究として、グループの質問に答えるソリューションやツールを考案しました。当時のテーマは、企業が倫理的なデータポリシーを持つことでしたが、それから数年経ち、今では完全にAIに焦点を当てたものになっています。データは、AIがデータをどう処理していくか、というものになりました。今話題のOpen AI(ChatGPT)には、期待も興奮もありますが、脅威でもありますね。このプロジェクトで、人間だからできること、そしてそれに取り組む方法を定義したという意味で、とても印象的です。
AIで言えば、いまシリコンバレーの第一世代のイノベーターたちと一緒にプロジェクトに取り組んでいます。
90年代からAIの最先端で発明を続けてきた素晴らしいデータサイエンティストらが、不確実なビジネス環境をどう乗り切るためのCloudSmartという製品を開発しました。このツールは特許取得済みのAI駆動で、スーパーファシリテーターとして機能し、クラウド型で、どこからでも使うことができます。AIは、1000人の規模のミーティングをファシリテートし、彼らのアイデアをグループ化した上で超高速で合成し、「この3つのアイデアが最も重要で、ここにいる皆さんに最も関連性があります」というように発言します。 匿名である性質上、CEOとインターンが同じ立場でアイデアが提供でき、それによって一般の(人間だけの)会議の場では決して出てこないようなアイデアが出てきたりします。AIのネガティブな影響を受けずに、AIとパートナーを組み、人間の知性を一緒に表面化させるというのは、とても面白いですね。このようなツールで現実を共有し、それを集団で定義することができれば、実際の現実との相互作用や、予測的な要素を見ることができると思います。
齊藤: すでに私たちの予想をはるかに超えるところまで来ているという感じがします。
Jarinさん: self-fulfilling prophecy(自己成就予言)という考え方[4] があり、私はこの考え方を信じています。分散型システムの中で、私たちが合意し定義したことが現実であり、そこから一緒に未来を創造していくのです。不確実性についても、お互いに何が起こっているのかを理解し、一緒に解決していくことが必要です。テクノロジーは、ただ完全に依存することには危険がありますが、不確実性の中での未来創造をより良く、より早く実現するのに役立つと思っています。
齊藤: 不確実な時代の中で、AIやテクノロジーをうまく使いながら、人間でしかできないことを、我々が進めていくというわけですね。パーパスの実現に関しては、人間の本能や情緒に関わるものなので、AIではできない仕事かなと思っています。お互い、よりこの活動を深めていきたいですね!
本日は、お越しいただきありがとうございました。
Jarinさん:お招きいただき、ありがとうございました。
Jarin Tabata (ジャリン・タバタ)
Senior Advisor, SYPartners
SYPartnersにて、IBMのグローバル文化&行動変革プロジェクト、UnitedHealthcareのコンシューマー未来構想、Airbnbのホスト体験の再構築、IDEOとの共創による、美しい空間とマインドフルネスの実践、日本の企業文化を解放するイノベーション力を組み合わせた、東京での新規事業プロジェクトなどを主導。2022年にシニアアドバイザーに就任、現在は単独でグローバル変革やイノベーションも手がける。